めばえ幼稚園の心

2007・6

遊びをせんとや

 子供たちは遊びが大好きです。砂場遊び、鬼ごっこ。夢中になって遊びます。夢中になって遊んでいる姿を見ると、大人たちは胸がきゅんとしてしま います。

そんなときわたしはいつのまにか「遊びをせんとや生まれけん。戯れせんとや生まれけん」と歌われる梁塵秘抄のあのうたを口ずさんでしまっていま す。その歌は「遊ぶ子供の声聞けば、我が身さえこそ悔ゆらるれ」と続きます。この「悔ゆらるれ」ということばが、詠み人のきゅんとする気持ちが表れていま す。詠み人は、平安の遊女だったと言われています。

 遊女ならずとも、大人になると、子供の時のような、楽しくて仕方がない時がとても少なくなります。遊びはたくさんありますが、子供の時のように夢中になっては遊べません。思い患いや心配事が、すぐに忍び寄ってきます。

 ただ、子供の時大人が見ていてくれることが大きな安心だったように、神様が見ていてくれるという安心が心の底にあったらどうでしょうか。子供が 夢中になって遊んでいるときも、大人が見ていてくれるという安心だけでなく、神様も見ていてくれるという安心が、遊びの中でも養えたらすばらしいことだと 思っています。

home めばえ幼稚園の心index

重富牧師のフォトギャラリー